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地域おこしの最果てが「移住者の奪い合い」にならないために、ひとりひとりが「自分のしあわせ」と向き合うこと。

昨日はこんな話をした。

「村の存続が、”地域おこし”なのか?”幸せな村の閉じ方”も考えるべきじゃないか」って。

いわゆる、「村を失くさないために、人口流動(移住者を増やす)で限界集落を立て直すことが”地域をおこす”ということなのか」という疑問を、ご飯を食べながら「うーん」と唸りながら、話していた。

十日町に暮らすちょっと前に、ココロココ主催の「多拠点ワーク」がテーマのイベントに参加し、多拠点をライフワークとしてすでに取り入れている方たちが登壇していて、ズシンとくる言葉があった。

「地方が活きるために、村を閉鎖することがこれからの答えになるんじゃないか」と。

十日町に住んでいなかった当時はその言葉の意味が、全くといっていいほどわからなかった。

無知というのは、否定も肯定もできない怖いこと。青と赤という定義を知らなければ、信号の青(すすめ)と赤(とまれ)の意味が理解できないのと同じ。

そのズシンときた言葉の意味が、青や赤に当てはめられないくらい、理解できなかったわたしだったけれど、頭にこびりついてとれなくて、十日町にきてからも考え続けていた。

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「殺生は良くない」と言いながら、「命をいただく」矛盾。

 

この土地に住んでから、「矛盾」と向き合うことが多い。それは、「自然」や「人」との接点が都会より濃くなったから。

その「矛盾」を言語化するならば「殺生は良くない」と言いながら、「命をいただく」ということ。生きていくために「絶対にしなければいけない」ことなのに、人間には「感情」がある。「愛情」がある。命に対して「慈しみ」がある。

人は「それら」があるから美しい。けれども「生きていくため」には「それら」が「矛盾」になる。

やっかいだなぁとも思う。その生じる摩擦が、脳みそを稼働させ、「知恵」を生み、「哲学」を生み、「正義」を生む。やがて「個性」にもなる。

わたしたちは生きているだけで「矛盾」と常に手をつないでいる。「生きること」というのは常に「思考」と「自分との対話」の繰り返し。

人の「オーラ」がそれぞれ違うのは、その「矛盾」と繰り返し向き合ってきたからなんじゃないかって思う。今日はその「矛盾」と今一度向き合ってみたい。

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人は「思考」があって、「自分との対話」ができる生命体であること。

 

都会では「働かないと生きていけない」という漠然とした恐怖が、人を半ば強制的に「労働」へと導いていた。当時を振り返ると「生きていく」ということが、「狭い意味」でしか捉えられなくなっていて。

ご飯を食べて、睡眠をとって、趣味というものがあって、それらを賄うために働いて。全てを循環させる大元のエネルギーの基準は「お金」だった。

いつも目的は「お金」をいかに使うか。「お金」から枝分かれした先に「生活」があった。「生活」のための「手段」が「お金」なのに。

「創る」ことを忘れ、ひたすら「消費」するだけの生活だったから、心はどんどんと死んでいった。「消費」にひたすら依存する世界に入り込んでいったから、「子供心」という「創造と想像を好奇心だけでやってしまう」無垢なものから遠ざかり、「大人」にもなりきれない、生き物だった。

わたしたち人間は「思考」があって、「自分との対話」ができる生命体。地球上で唯一だとすら思う。(もし他の生命体であったら教えてください)その「人間としての機能」は「何かを生み出す」ことが本能的な喜びなんじゃないかって。

俗にいう「クリエイティブ」はなんだかオシャレな「呼称」だけれど、「クリエイティブ」という言葉はもっとハードルが低くなればいいのになぁ、といつも思う。突き詰めると「クリエイティブ」はスポットライトが浴びるようなキラキラしたところだけでなく、「地味」で「孤独」な作業の繰り返しだ。

こうして、「思考」を「言語化」するのも「クリエイティブ」であって、「自分で何か生み出す」ことが「個」を成していくんだなぁと思う。こうして文章にすることは「パソコン」と「自分との対話」だから正直、ものすごく孤独だけれど。それも何時間も気が済むまで。

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東京に住んでいると、「お金」があれば大半のことが「なんとかなってしまう」

 

不幸なのか幸なのか、いまだにわからないけれど、都会の人の大半の価値基準が「お金」だったから、野菜の生産者さんの顔を思い浮かべるというのはほとんどなかったし、「お金」があれば、不便さも、生活も、”お金でなんとかなってしまう”ということが、「当たり前」だった。

手間暇かかっているものを見ても「ある」としか感じなかった。その物質の「なぜ?どのように?ここに?」の疑問をショートカットさせる。「ひとりでどうにかして生きてる」勘違いもよくあった。だからこそ常に言い知れぬ寂しさと向き合ってはいたけれど。

情報量の多い現代では「捨てること」「ミニマム」などがやたらと流行るけれど、「疑問のショートカット」は人間の本能を衰退させる怖いものだと思う。

わたしが「疑問」に素直に向き合うようになったのは、自分が生まれたことをただただ肯定したいという気持ちの行き着いた答えで、「疑問」は自分を「肯定」させる大切な宝になった。

「体験」「感動」「出来事」「人」に、視点が傾き、「何が”自分にとって”楽しい生き方か」に真剣に向き合うようになった。「自己完結型」から、自分以外の外側から「学ぶ」というスタンスへとアンテナが変わっていった。

お金が発生しなくても「自分」のアウトプットと、「読んでくれている人が何かを感じてくれていること」が「自分」のためになっている。「人のため」という「きれいごと」でまとまらないことが嬉しい。もっと「自分」のために生きることは貪欲でかまわないという許可が、わたしの「生き辛さ」を癒していく。

「仕事を創る」という方向性もこの延長線上にあるんだろう、と思っている。「お金」から枝分かれしていたものが、枝分かれしたものの後に「お金」がついてくるようになる。

「七転び八起き」を楽しむこの土地から、わたしの視界がよりクリアになっていく。

本質的な願いはだんだんと「個が互い違いを尊重できるように、能動的に。」が濃くなっていく。

 

「限界集落」の脱却が”地域おこし”なのか?

 

本題に戻ってみる。

「村を失くさないために、人口流動(移住者を増やす)で限界集落を立て直すことは、正しいあり方?」

高齢化、少子化、人口減少。この三重奏が日本の時代を変化させていく。わたしはそういった社会構造の勉強は中学生からストップしている。興味のあることしか勉強をしたくなくてバイトばかりする「わかりやすい」しくみにすぐ食いつくような性質で「意識高い系」と呼ばれるものとは疎遠だったから。

(余談ですが、トンがった靴を履く人も未だに苦手。)

けれど、この仕事をしていると社会構造を数値化したりすると、いろいろな発見があっておもしろいから、人口資料とかちょっとした論文を少し覗くようになった。

現在地域おこしで注目されている事例が「限界集落」からの脱却。


▼限界集落とは

山間部では集落を構成している人口の50%以上が65歳以上で、農作業や、冠婚葬祭などの集落としての共同体の機能を維持することが限界に近づきつつある集落と呼ばれたりする。


 

わたしの住んでいる飛渡地区の池谷集落がまさにこの事例。

十日町市地域おこし実行委員会 池谷集落HP

目に見えてわかりやすい数値化されたもので挙げるとすれば、「出産」「子連れの移住者」による「高齢化」の「平均年齢下げ」。

池谷集落は、そんな表面的な事例だけがスポットライトを浴びているわけではなくて、「村の人の想い」が「実現」していっている結果が、「限界集落」の脱却だったということ。

それが、「地域活性化」に至っていたということ。

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集落のそれぞれのカタチにあった”地域おこし”を

 

つまり、「村の人の想い」は様々であって、「村の存続を望んでいるのか」というところが大前提だということ。そして「存続という形は、一体なんなのか?」というところに矢印を向ける。

「この村にある資源に触れて子供が育って欲しい。わたしもここで育ったからこその今があるから。」→だから、移住者や子供が増えて欲しい。

「この土地の農業や伝統をつないで欲しい。自分の愛する土地を継承して欲しいから」→だから、若い人に来て欲しい。就農者や雇用を生み出して欲しい。

「人は住んでいなくても、景観だけは残していけるよう土地のサポートやインフラを整備して欲しい。」→だから、経済潤沢や、外部の支援が欲しい。

村の数だけ答えがあって、人の数だけ想いも変わる。”地域おこし”の「事例」はコピーや真似っこだけで形を成すかというとそうもいかないから、その土地に暮らす人の「望む形」と「広い視野」が必要になってくる。

 

地域の人が「村の存続」を望んでいなかったら?

 

例えばこんな話があったとしたらどうするだろう、と考える。

「身体が不自由になってきたから、病院へいく交通の便のサポートを頼みたい」こんな声が増えたとして。そこは限界集落で。

けれど村の方達は自分の村に愛着があるわけではない。引っ越す土地もないし、もうここで「生涯を終えるしかないから」という「やるせない」想いがあったとする。

そういったとき、この村の方達の「交通の便のサポート」だけで終わっていくのならば、病院のある市街に住まう制度を発足し、「村の閉鎖」が結果として、「村の人たちの人生を豊かにする」という答えがあるのかもしれない、と思ったり。

また、人口減少の時代、誰かが移住すれば、移住先は豊かになるかもしれない。けれど日本全体で見たら、移住前の土地には穴があくことになる。(都会は人口が突出しているから話は変わってきてしまいますが)

そうなってくると「魅力見せびらかし合戦」で「移住者」の奪い合いをしてしまったら、日本全体で見たら「未来につながるカタチ」になっているのかよくわからなくなる。

 

だからこそ、「自分」のしあわせの「あり方」と本気で向き合う時代へ

 

そう、いろいろ考えていくと解けた知恵の輪は、何度も何度も絡まったりする。何度も矛を持ち続け、盾で身を守り続ける。「矛盾」はそっと、寄り添い続ける。人に「思考」がある限り。

地域おこしの最終的な形は「人がそれぞれの幸せを自分で選び、見つける」ことの手段が「土地に住む」ということにつながる時代に促すことが大事なんじゃないかって。何十年後かには地域おこし協力隊がなくなる世の中へ。(自分の仕事なのにこんなこと言ったらこれこそ矛盾・・・?)

 

「心の声」に敏感になること。既存の形にとらわれないこと。その芽を育てること。

共に「考える」教育の部分。能動的に動く「自立」。何回転んでも、何回でも人生立ち上がれるんだっていう背中たちが教えてくれること。

「職業を選ぶための学校」という手段から「自分という資源の生かし方がわかってくる学び舎」へ。「与えられること」を体育座りして待つことから「自分も人に与えることができる」というしなやかな人間へ。

 

最後に

 

いろいろと深く考える今日だったけれど、ふと、ひとりで暮らす家の寂しさに冬は大丈夫だろうかと不安になったり。都会の時のアパートとは違う寂しさが、襲ってくる。

そこにパン工房ビットのオーナーである、友達のたーさんが新潟市に友達のケーキ屋さんに遊びにきているらしく突然会えないか連絡が入る。「こら、前日に言いなさい」と思ったが、彼女らしくて笑えてくる。

仕事の調整ができなくて結局会えなかったけれど、無邪気な写真がきて癒される。

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「写真使ってもいい?」と聞くと、「他にもあるから」と何枚も送られてきてふとまた口が緩む。

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ありがとう。たーさん!

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