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「定住が成功例は本当?」東京の良さ、地方の良さから見える本質について。

現在わたしは山形県米沢市にいる。母方のおじいちゃんの十三回忌で呼ばれたのでGWに休みをいただいた。

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米沢牛すきやき

 

去年のこの日は、JAPAN JAM BEACH のフェス会場にいた。当時は千葉の稲毛にアパートを借りて住んでいて、稲毛から幕張まで自転車で30分かけて会社に通ってた。

大好きな会社の先輩夫婦の家も近くにあったので、泊まりに行ったりして、あのときはあのときで、楽しい日を過ごしていた。

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JAPAN JAM BEACHに会社の先輩ふたりといった時

 

 

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稲毛に住んでいたときの新築のアパート時代

 

話を戻すと、お葬式でもなかなか揃わなかった親戚が、おじいちゃんの死後13年目という時を経て、山形という土地に引き寄せられた。

いろいろな思惑を越えて。

 

兄妹同士の確執の傍ら、集う思い

 

母は5人兄妹の3番目。「5人兄妹」というと、にぎやかで仲睦まじい聞こえではあるけども、お金や土地がらみで兄妹同士に昔から溝があった。

わたしが小さい時から、上記のトラブルから母の妹家族(大好きなおばちゃん一家)しか関わりがあまりなかった。

今回のおじいちゃんの十三回忌は、おじいちゃんの魂が何かを伝えるかのように、5人兄妹が何十年ぶりに顔を揃わせ、子供、そしてその子供たちが集結し、「おじいちゃんのDNAは確実に歴史を作ったんだなぁ」としみじみと思った。

今この身が新潟で動けることも、自分の意思で何かができることも、先祖のおじいちゃんおばあちゃんなしでは存在できなかった。

新潟に来たとき、家族という存在を見つめ直すきかっけをもらったので、おじいちゃんに感謝したくなるという不思議な気持ちが生まれたと同時に、十三回忌の話が決まったので、不思議なタイミングに、「絶対に行こう」と思った。

そして今日やっと、お墓に「ありがとう」と手を合わせることができた。

千葉に住んでいたので、山形にいるおじいちゃんとの記憶はほとんどないけれど、土地に刻まれた歴史は死んでも尚、わたしたちが生き続けることでおじいちゃんの歴史を紡いでいる。

 

兄が代表取締役になっていた。

 

今回の集まりで一番驚いたのは、兄が日本でいう「社長」になっていたこと。笑

兄は大学受験に失敗してから何年もネットゲーム依存症で引き込もり、わたしが心底苦手とする相手でした。

けれども、大好きなおばちゃん一家のいとこがベンチャー企業の幹部で、業績好調とともに人手不足になり、兄を誘ったことがきっかけで、兄を社員として雇ったのが去年の10月。

現在は会社を分けて、いとこも社長となり、兄も社長になったとのこと。ふたりともとっても生き生きしていた。

なんちゅうスピードで、本間一家とおばちゃん一家は変化し続けるのだろう、と思った。(自分含め)

わたしは家族に対してハリセンボンみたいに、膨らんでトゲを出して未だに威嚇しているけれど、千葉と新潟という物理的な距離は「さみしさ」から「愛しさ」に代わるのかもしれないと思った。

わたしの家族の愛し方は、離れることで形を成すのかもしれないなぁ、という希望が湧いている。

母の日と誕生日には毎年あじさいを直接渡していたけれど、今年は郵送の予定。あじさいが大好きだと言っていた母を、花屋さんであじさいを見るたび思い出す。

 

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「ここには何もないから」という母。「ここにはたくさんある」と思うわたし。

 

米沢に来たら、寄らずにはいられない場所「上杉神社」。お墓参りが終わった後、時間ができたのでふらっと家族で行ってきた。

歴史マニアにはたまらない場所かもしれないけれど、長い時間がつぶせるような場所ではないかもしれない。

けれどわたしはこの場所が大好きで、口をパクパクさせながら餌を求める鯉を見てると、時間が経つのを忘れ、住んだことのないこの土地を、ちょっとした故郷だと思う錯覚が好きなのかもしれない。

そこにつぶやく母、「ここには何にもないよ・・・」

出た。地元の人が口を揃えて言う「何にもない」という土地への謙遜。

思わず口が出てしまった。

「たくさんあるよ。地域おこし協力隊をしていると、お母さんの目線もわかる。新潟にも”何にもない”っていう人がいるから。だからこそ、その土地その土地に新しい目線(移住者)が必要なんだと思う。」

「そうね・・・」と、淋しそうにつぶやく母。

長い間土地に足を付け続けていると、「ある」ものが慣れて、「ない」と思う時がある。恋愛でも、結婚でも、「慣れ」で見えなくなるものが出てくるのが、人の性。

その性を否定するのではなく、「それならばどうするか」が、大変でも楽しくもあるのが生きるということだとワクワクする日々。

 

Uターンから、”Wターン”、働き方をさまよう人たち

 

山形では東京から戻ってくる人も多いと、いとこがいう。

「30歳くらいになると、”東京で疲れた”と言って戻ってくる子が多い。だけど”仕事がない”といって再び東京へ行く子もいる。で、海外行ったりとかも。」

わたしのなかで、「Wターン」という言葉が生まれた瞬間だった。

十日町では、関東程の賃金まではないけども、働き口は「公の場=ハローワーク」などでもある方。裏ネットワーク(いわゆる口コミ、人づて)の働き口も、地方コミュニティーでアンテナを張っていれば、仕事をもらう珍しくない手段でもある。

けれど山形県米沢市での仕事探しは、東京でいうタウンワークの「一ページ」ほどしかないというのが現状らしい。「働く」ということが、東京にいかに集中しているかという、やるせなさを感じた。

「企業に属す」以外の生き方は日本中のたくさんの人が注目している。

そして希望でもあるかもしれない。けれどそれを他人に委ねてしまっている時点で、その人の成長という芽には肥料や水や日光は与えられない。

たとえ誰かが「企業から属さない」という道しるべを作ったとしても、「自分で選んで、自分で決める。」という土台がなければ、道しるべは単なる学校の授業に成り下がり、卒業後に「どうすればいいんだ?」と迷ってしまうだけの末路なのではないか。

ひとつの「自立した働き方」のモデルケースを作ることはもちろん大切だけれど、「人間として」のあり方が問われるのが今の時代のテーマなんじゃないかと思う。

 

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人としての在り方が、地方を変えていく

 

人の成長を促す大きな肥やしは「信頼」だったのだと気づく。

わたしは両親にたくさん放置されてのびのびと育てられた。放置と信頼はわかりづらいけども、年齢を重ねた今では「放置ではなく、信頼だった」とうなずける。

中学生の時から「大学進学ってなんの意味があるのだろう」と世の中なめた子供だったけれど、今でもその思想は好きだし、大学に行く人を否定するわけでもないスタンス。

学歴を誇る人や、地位や名誉にすがることも、ある意味では生きるために「自分で選んできている」算段だ。

わたしは高卒で学歴もないけども、「自分で決めて、自分で選んできた」というのが確かな自信を育んでいる。

 

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だから、いま、新潟県十日町市という土地に飛び込んでいる。

自分の生き方はキラキラした土台から飛び降りたのではなく、擦り傷だらけで歩いてきたからこそ、今がとても楽しい。

「一般的な生き方から外れた」ことで、”当たり前に疑問を持つ”というのが、とてもとても大切な心地良い風だと思っている。

「当たり前=慣れ」へ向かう「疑問」という矢印は、ぶつかることはなく、優しく溶け込みあうもの。

まだまだわたしの考えは、地元の人に拒否されてしまうかもしれないけれど、土地に根を張っている人たちに”疑問を育てる”というあたらしい風になりたい。この土地で。

地方には、「この土地で、自分の力を活かしながら、何かをしたい」という、心根が素晴らしい人たちがたくさんいる。

わたしが東京で働いていたときは、そんな気持ちになったことは一度もなかった。

 

「定住」が地域おこし協力隊の成功例というよりも、「心」が変わるから地域が生きる

 

新潟に来た今では、東京の利便性の良さや、「人としての距離感=干渉しあわない」良さなども、良い所にたくさん気づく。

だから「定住」は地域の人には良い意味を孕んでいることはもちろんだけど、”当たり前=慣れ”という土地の良さを遠ざけてしまう恐怖も付きまとっている。

また、「定住」という言葉が蔓延ることで、「移住」のハードルがあがること、「土地に根を張ることが地域貢献」かのような選択肢の視野を狭める可能性のある言葉だとも思っている。

そこに市役所の高橋さんの印象的な言葉を思い出す。

「地域おこし協力隊の皆さんは、”今そこに住んでいるだけでも”ある意味では既に地域貢献。退任後に新潟から離れても、”十日町を宣伝する営業マン”がたくさん増えていくだけでも、良いという捉え方もしています」

と言っていて、退任後も”地域に住み続けてほしい”というのは大前提であるけども、わたしには高橋さんの地域おこし協力隊のそういう肯定の仕方が、心の柔らかさを生んで「地域おこし協力隊の成功例」として有名なんじゃないかなぁと思った。

日本は統計が大好きだから”十日町市の地域おこし協力隊の成功例”というのが、定住率約75%という数字でよく取り上げられるけども、地方というフィールドは「自分で決めて、自分で選ぶ」ことが都会より、たくさん用意されていること。「自己決定」を積み重ねていくこと。人としての「自信」や「誇り」を育てられる大切な宝物が、散らばっていることが地方の魅力。

そんなことを、山形に来て、なんとか文章にしたいと想い、ホテルでひとり4時間ほどパソコンにかじりついたのでした。(ほんとは別の仕事をやる予定だったのに・・・)

明日十日町へ帰ります。愛しい土地へ。

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